太田凪5.0を目指して

小学校教員を目指しています。上越教育大学西川研究室で『学び合い』を勉強中です。

装わない

 

私は感情がすぐに表に出てしまうし、自分の考えていることや思っていることを言語化するのがとても苦手で、相手に伝わるように上手に話せるようになりたいとついつい思ってしまいます。

 

先日教育実習の実習校へ挨拶に行ったときに、担当の先生に苦手なことを聞かれたときに上のことを話しました。

それに対して先生は、「必ずしもうまく伝えることがいいとも言えないし、子どもを想っていれば大丈夫だからそんなに気にしないでいいと思いますよ。」と言ってくださいました。

 

実習校から帰ってきてからそう言われたことに関して考えました。きっと、話していることをどれだけ強く想っているかがやっぱり大切で、うまく話せなくても想いがあれば心の底から想っている言葉というものは自然と出てくるのだろうと考えました。

 

そして、きっとそれは伝わる子には伝わるものなのでしょう。

逆に言えばうまく話したとしても全ての子には伝えられない。

 

うまく話さないと誰にも伝わらないと思ってしまっていたんだと気づきました。愚かでした。

 

うまく話すテクニックというものはあるのだと思いますが、私はそれが得意ではないのです。

無理に特性を変えようとするのはあまり得策とは言えません。

 

感情が表に出やすいのもいいところと捉えれば、素直に話せば素直な言葉がちゃんと出てくるということかもしれません。

 

うまくやらないと何も伝わらないと思い、自分を装ってしまうことは、相手を、そして自分をも信頼していないということなのかもしれません。

装わないことは、人に対してできる大きな信頼の形なのだと思います。

 

 

ガチバトル

昨日、友達とバチバチに議論しました。

 

「それは違くない?!」とか言われるとつい熱くなってしまうもので、「いやいやそれはさ…」と反論してしまいます。互いの軸がぶつかる音がしました。

 

しかし、最終的に互いの言ってることを整理し、これもいいね、こっちのがいいね、あぁこういうことか!と合意形成できました。

 

頭をフルに使って話したのでヘトヘトになって帰り、10時間くらい寝ました。

 

すごい疲れたけど、こんなにあーだこーだと無限に議論できる仲間がいる環境にいるのがすごくありがたいことだなと思います。

他者とたくさん議論して、たくさん考えることは、自分に多様な視点を持たせてくれます。視点がたくさんあると、子どもをみるときにもより多くの価値に気づける気がします。

 

M1のみんなも入り、より多様なメンバーになったのだし、もっともっと話していきたいなと思うこの頃です。

 

 

ミッフィー

1年経って私のゼミの机はこんなになっています。

ミッフィーが大好きで、気づいたら溢れかえっていました。

 

これは全て私1人で集めたものではないのです。

ミッフィーが好きだとみんなに言っていたら「ゲーセンで取ったからあげるよ〜」「ガチャガチャ見かけたから回してきたよ!」というふうに貰ったものが実は半分くらいです。

 

好きなものを共有するというのは豊かなことだなと思います。ミッフィーを見かけて、私にあげようと思ってくれるのってなんか嬉しい。

ミッフィーはみんなとの繋がりを作ってくれたのかもしれませんね。

 

 

 

 

自分の声と言葉で

 

www.youtube.com

https://rerise-news.com/education/nagi_ohta/

https://www.youtube.com/watch?v=v8MFgCRJ69c

先日、Re・rise Newsさんにインタビューをしていたける機会がありました。

 

「1人も見捨てない教育を実現させる」という夢に関して、今までの経験やそう願うようになったきっかけについてお話しさせてもらいました。

 

誰かに何かを伝えようとすることで、自分の気持ちや考えていることを整理できるし、伝えたいからこそ自分に熱が入っているような感覚がありました。

 

日本を変える研究室にいることを自覚して、もっともっと発信せねばです…!顔を出して、自分の声と言葉で誰かに想いを届けるとても素敵な機会をいただけました。

 

このような機会は初めてでめちゃめちゃ緊張しているし、かみかみです。ご愛嬌です。

(サムネの写真は上教大の某森で撮りました。)

 

こどもおとな

 

母は自分のことを「こどもおとな」とよく言っています。

好奇心と遊び心にあふれた大人という意味なのかな。

 

様々な人からたくさんのことを学びたいという気持ちや、せっかくだから楽しいほうがいい、というスタンスには憧れるものがあります。

 

私の最も身近で、楽しく働いている大人の姿を見せてくれたのは母でした。

 

もちろん、私の知らない苦労もたくさんあったと思います。

働く上での大変なことも教えてくれましたが、楽しさや、やりがいについて話してくれる姿が印象的です。

 

大人って楽しいんだなって、思わせてくれました。

 

いつか出会った子どもたちが、私をみて「大人って楽しそう!」って思えるような人になりたいなっておもうんです。

 

「こどもおとな」な先生も、素敵かもです。

 

 

人と繋がりたいときには

今日のゼミでは「人と繋がりを持ちたい時においてもやはりミッションが大切だ」というお話をいただきました。

 

弟は九割が女性の大学に通っています。しかしながらなかなか女の子と話せないという弟へのアドバイスを西川先生に聞いてみました。

 

西川先生のアドバイスは、課題を聞いたり、ノートを貸してもらう、そしてお礼としてご飯に行く、というのが自然につながりを持てる、とのことでした。

 

たしかに、いきなり話しかけたりするよりも

なんというか仲間として共に何かをやって乗り越えていきたい、仲間になりたい、という感じのほうが自然な気もします。

 

今まで仲良くなった人を思い出せば、共に何かを乗り越えた経験があるというのが小さなことでも大きなことでも必ずあるように自分も思います。

 

弟へは異性を考えすぎず、まず仲間になりたいって気持ちを大事にしてみたら?というように話してみようかなと思います。そしてこっそり西川先生のテクニックを伝えます。

 

ここ最近では、何かのきっかけでM1の子とご飯に行ったりもしたのですが、ご飯に行ったりする形上の出来事が大事なんじゃなくて、「共に何かをやってみる」ことでより相手を知れる、自分も知ってもらえるというのをこれから繋がりを作る上で行動する時に忘れずにいようと思いました。

 

先を見通すこと

「先を見通す力をつけよう」

 

このことを高校生活を通して強く言われたことが印象に残っています。

 

事あるごとに先生はこのことを話していたと思います。学期が変わる時、何でもない朝の会、テスト期間の時、部活動やアルバイトの話をする時、進路選択の時など、本当にいろんなところに「先を見通す」が含まれていました。それが3年間通してそうでした。

 

学年団の先生たちは「先を見通す力」が私たちの幸せにつながると本当に願っていたからそれができたのだと思います。

 

 

担任は英語の先生で、毎週金曜日に出す英語の課題がありました。

弓道の遠征でその週の分を出せなさそうだったので先に課題をやって遠征前に持っていった時がありました。

今週の分を出さないと、課題が増えて来週大変だと思ったからです。

すると先生が、「そんなことしなさいと言ってないのに、自分で考えて先にやってきたんだ、先を見通せてるね。」と、私の行動に価値つけしてくれたことをすごく覚えています。

 

願いを語り、そして生徒の行動に対して振り返りや価値つけをする。先生の態度はは常に一貫していました。

 

実際に私は「来週これがあるから今これをやっておいて…」とか、少し未来のことを想定して動く癖がついたように思います。

目に見えることじゃなくても、「こんなふうに働きたいなぁ そしたら今こう言うことを知っておいて…」とか、自分の将来のビジョンをふとした時に考えていたりすることに最近気づきました。

 

先生の願いが自分に生きていることを最近自覚しました。

こんなふうにして、私も働き出し、子供に願い、語ったことが、すぐにではなくてもその子たちの人生の中のとある瞬間に「はっ!」となることがあるのかもしれません。

 

教員は未来を、生涯を見通す仕事でもあるのだと思います。

高校の先生が願ってくれた「先を見通す力」が、いつか私を助けてくれるのだと思います。