美しい日

小学校教員になりました。新任です。上越教育大学西川研究室で『学び合い』に出会う。

キャリア教育と『学び合い』

本日は月末の上越『学び合い』の会がありました。

全国の現職の先生や、大学生とお話をすることができました。

 

今回のテーマは「キャリア教育と『学び合い』」でした。

今日お話ししたことで気になった話題をいくつかまとめてみます。

 

・ドイツの子供は10歳で自分の人生を考える?!

ドイツでは10歳の時の成績や、才能などを考えて職人を養成する学校と大学に進学するコースに分かれるそうです。

日本人の感覚だと、え、10歳で人生決めちゃうの?と感じるかもしれませんね。だけど遅かれ早かれ誰しもが人生、生涯を見通して考え、選択しなければいけない時がきます。職につき、お金を稼いで生きていくには誰かにとって得である人材である必要があります。

日本にも職人向きの子もいれば、大学で何かを突き詰めて行くのが向いている子もいるはずなのに、全ての子供が同じ勉強をして、みんなで同じようなレベルにすることが求められ、より高い偏差値の学校に行けばより幸せになれると思っている人が大多数います。

早くに人生を見通して生きてく力をつけるドイツのシステムは日本にはない価値観ですね。

しかし、私たちには教育のシステムを変える力はありません。私たちにできることな何なのでしょうか?

 

・自分なりの幸せを見つける必要がある

日本にしろ、ドイツにしろ、選んだ道を正解にできなければ生きづらさを感じたまま生きていくことになってしまいます。

他の人と比べた幸せではなく、自分なりの幸せを見つけるにはどうしたら良いのでしょうか?

 

学校という、多様な子供がたくさん集まる場だからできることで考えてみると、友達と対話する時間や、互いの力を貸し合うような時間を充実させることが大事ではないかと思います。

他者の中に身を置き多様な価値観に触れることで、自分ができることや自分の大事にするものが見えてくるかもしれません。他人がいるからこそ自分の輪郭が見えるのだと思います。

学力を身につけるのであれば、カリスマ授業をネットで見るので十分。それは学校でなくてもできることで、学校という他人と過ごすという場所だからできることを考えていくべきだという議論がありました。

 

・幸せは縛りがあるからこそ見出せるもの

お金も、人のしがらみも何もなく、なんでも好きに決められるとしたらどうしますか?

一見自由で楽しそうに見えるかもしれませんね。

 

しかし、何かを決める時にはきっと軸が必要です。

それは家族や友人、恋人の存在かもしれないし、お金かもしれないし、それが時に縛りになることもあるでしょう。

それでも、自分が幸せに生きていける軸を自分が持っている選択肢の中から自分で選ぶ必要があります。

縛りの中で幸せを見出すのも一つの選択だし、縛りから抜け出そうとするのもそうです。みんな何かしらの縛りがあるからこそ幸せの道を選べるのでしょう。

縛りのせいで人生を悲観するのではなく、「さあここからどう幸せになってやろうか。」くらいのテンションがいいのかもしれません。

 

 

まとめ

トータルして、キャリア教育では「自分なりの幸せの価値を見つけられるかどうか」ということが重要になってくるのだとわかりました。そして、そのためには他者の存在が必要で、他者との繋がりで見出せるものです。

ポッと何かやったから子供が理解できるというものでもなく、日々教師が多様な価値観を認めそれぞれの幸せを肯定すること、そして子供同士で互いを認め合うということにつながるよう語っていくことが大切なのだと改めて感じます。毎日がキャリア教育ですね。